第2回 どう違う?個人事業主と医療法人の事業継承

「個人事業主」の医療機関と「医療法人」の医療機関。
地域で暮らす人へ医療を提供する事業を営むという観点においては、両者には大きな差はないように思えます。ところが、医療機関を承継することを考えた場合では、後継者に受け渡すものや、受け渡し方が異なってくるようです。改めて違いを確認してみましょう。

◇個人事業の医師の事業継承

個人事業の医療機関は、開設者である医師が自分の財産をつぎ込んで土地や建物を買い、医療機器を購入して始めた事業です。地域のために一生懸命働いて、その結果利益が出たとしたら、その分だけ自分の資産を増やすことができます。開業したときと同様に「そろそろリタイアしたい」と思ったら、自分の意思で廃業を決定することができます。

そんな個人事業の医療機関の事業継承のポイントは、後継者がたとえ子供や親族だったとしても形式的には事業をいったんすべて廃止して、後継者の医師がすべて新しく作り直さなければならないということです。個人事業を引き継ぐ際には診療所の廃止にかかる届出の提出などの事務手続きも発生します。

承継の仕方には、子どもや親族に引き継ぐ場合と、従業員などの第三者に譲渡する場合があります。前者の場合、診療所の土地や建物、医療機器などを贈与するという選択肢があります。この場合、引き継ぐ側に贈与税がかかることがあるので注意が必要です。
第三者へ託す場合には、土地、建物、医療機器などを売却して譲渡するほか、賃貸するケースも考えられます。

なお、勤務していた従業員にとっては、これまでの診療所がなくなってしまうことになります。それに伴って雇い主も変わりますから、もし新しい経営者のもとで引き続き勤務する場合は、新しい経営者と改めて雇用契約を結び直す必要があります。したがって、今まで診療所のために力を尽くしてくれた従業員を守りたいと考えるのであれば、退職金は承継前の期間も勤務年数に含めて退職時に支払われるのか、それともいったん支払うのかといった点を後継者とすり合わせておくことが勧められます。

◇医療法人の事業継承

医療法人は「出資持分」の有無により「出資持分のある医療法人」と「出資持分のない医療法人」に区別することができます。出資持分は医療法人に出資した人が、その医療法人の財産に対して有する財産権のことを言います。

医療法人は個人事業の場合とは異なり、理事長や院長が事業を後継者に引き継いでもらいたいと思ってもすぐに実行するわけにはいきません。医療法人の意思決定は、法人を構成する「社員」によってなされるためです。社員は株式会社でいういわば株主のようなものです。そして、法人の意思決定は最高意思決定機関である「社員総会」(株式会社でいう株主総会のようなもの)で行われます。社員総会で承認があって初めて事業継承を実行に移すことができます。

さて、医療法人の承継では先述の「社員」、株式会社でいう取締役にあたる「理事」、そして出資者(持分ありの場合)がすべて、新しい法人のメンバーへと入れ替わることが通常です。個人事業の事業継承とは異なり、医療機関が廃止されて新しく作られるというわけではなく、会社の社長が交代するようなものなので、従業員にとっては雇用関係に変更が生じたりするわけではなく、混乱が生じにくいです。また、廃業や開業に伴う煩雑な事務手続きも不要なので、スムーズに承継が行われる場合が多いでしょう。

事業継承で後継者へ引き継ぐものですが、個人事業のケースでは、医療機関の前の経営者(院長)が自分の持ち物(土地、建物、医療機器など)を、新しい経営者に売り渡すという分かりやすいものでした。一方の医療法人の場合、これが少し複雑です。
出資持分ありの医療法人の場合は財産権があるため、承継のためには財産権の承継が必要になります。このため、承継を完全に完了するには出資持分の払い戻しや譲渡が必要となります。内部留保が大きい場合は財産権の承継のために十分な対策が必要になります。一方、出資持分なしの場合では、このような出資持分の払い戻しや譲渡は発生することがないため、煩雑な手続きがさらに軽減されますが、承継対価の支払方法を検討する必要があります。

対策の方法は医療機関の規模や出資持分の有無などによって異なります。医療法人内で解決することが難しい場合には、早めに事業継承の専門家にご相談してみてはいかがでしょうか。

(2020年9月時点 ※本記事は日本経営ウィル税理士法人より提供を受けています。)

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